COLUMN

COLUMN

2022.07.06

日本電産・永守氏、ユニクロ・柳井氏 手練れの経営者が社外取締役に就く意義 【経済ジャーナリスト・井上久男氏 寄稿】


日本の大会社では、歯に衣着せぬ発言で本質を突き、人間としても豪快な名物経営者が少なくなった。そうした中で、日本電産の永守重信会長と、ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長は、そのキャラクターが光る存在だ。

両氏はともに裸一貫で会社を起こし、その会社を世界的な企業に育てた類まれな才能を持つ起業家である。そして、功成り名を遂げた現在、ともに後継者難に直面している点でも共通する。

ただ、大きく違う点もある。それは、両氏はともに大胆なM&Aを仕掛けるのが得意だが、その発想が違うことだ。

孫正義と永守重信のM&A戦略

今やSBGが投資会社化したことからも分かるように、孫氏は博打的に投資を行う。言葉は悪いが、「下手な鉄砲も数打てば当たる」的な投資を得意としている。それが悪いというわけではない。投資家の世界は「センミツの世界」とも言われる。1000件投資して3件成功すればよいといったイメージで、成功した3件分のリターンで997件分の失敗を取り戻せばいい話だ。

現に孫氏はこれまで数多く投資し、成功したのは米ヤフーと中国アリババへの投資くらいだと言われる。2000年に行ったアリババへの投資に関しては、慎重に財務状況などを調べることなく、まさしく博打的にぽんと約20億円投資したカネがアリババの急成長と上場によって、一時は10兆円を超える資産に化けた。

孫氏には投資家として天才的な勘と度胸に加えて、世界に張り巡らした人脈から入ってくる情報がある。また、孫氏は数学や統計学が得意だと言われ、独特のデータ解析能力も持っているようだ。

ただ、こうした手法では浮き沈みが激しいことも事実。SBGは21年3月期決算では国内企業としては過去最高額となる4兆9879億円の最終利益を出したが、22年3月期は一転、1兆7080億円もの同社過去最大の最終赤字を計上した。

孫氏のこうした動きに対して永守氏の買収戦略は全く違っている。永守氏も創業以来70社近く買収して事業規模を拡大させてきた。その手法は、たとえば、売上高が1000億円規模の時は、その半分程度の500億円程度の会社を買収し、そこを鍛えて1000億円の売上高に伸ばしてトータルで2000億円の会社にするというやり方だ。

現在のように売上高が2兆円近くになれば、1兆円規模の会社の買収を狙うといったイメージだ。特に永守氏が狙う企業は、潜在能力がありながら役員の力不足など経営力の弱さから収益を出せない会社である。

狩猟型と農耕型

買収後は、こうした会社に永守氏自身が乗り込み、ハンズオンで経営手法を伝授し、復活させる。実績を出せない役員、社員に厳しい言葉は浴びせるが、雇用には手を付けない。実績が出ればボーナスも引き上げる。それによって現場のモチベーションも上がっていく。

永守氏は、収益力を出す潜在能力があるかどうかを買収前に見極める能力に優れている。そのノウハウは多岐にわたっており、たとえば、生産部門であれば、内製コストと外注コストの徹底比較などだ。

こうした分析をして伸びる潜在能力のある会社を安く買うことに永守氏は長けている。このため、のれん代償却にも苦しまない。ここが孫氏と違う点だろう。孫氏は流れに乗りそうだと思えば一気に勝負に出て、潮目が悪いと一気に引く。ハンズオンでもなく、買収した企業に自身が乗り込むこともない。いわば孫氏は狩猟型で永守氏は農耕型なのかもしれない。

孫氏のような経営手法もありだし、永守氏のやり方もありだと思う。両氏の経営手法の巧拙を論じてもあまり意味がない。個性豊かな様々なタイプの経営者がいてこそ日本の産業界は盛り上がり、それが経済成長につながると感じているからだ。

そして2人には、起業家であるというほかにもう一つの共通点がある。それは、会社の株式も保有する名実ともにオーナーでありながら同族経営を否定している点だ。孫氏は娘を、永守氏は息子2人を会社に入れてない。これは、能力は関係なく血筋だけで経営を受け継いでいくことを否定し、実績第一を重んじているからだろう。そういう意味で2人は「リアリスト」でもある。

社外取が取締役会を活性化

実は永守氏は2014年から2017年までSBGの社外取締役を務めていた。SBGが16年にアームを約3兆円で買収する際に、永守氏は取締役会で「買収に反対はしないが、買収価格が高すぎるのではないか」と指摘したという。最終的に永守氏は孫氏の判断を尊重したものの、「この判断はいずれ歴史が証明することになるだろう」と、永守氏は思ったそうだ。

翌年、永守氏は社外取締役を退任したが、おうした買収から4年経って、孫氏はアームを米エヌビディアに売却することを決めた。しかし、この売却計画は米国の独占禁止法などが壁となって成就しなかった。

SBGがしたたかに生き残れてきたのは、孫氏が一癖も二癖もありそうな社外取締役を上手に活用して取締役会の議論を活発化させていたことと無縁ではあるまい。日本マクドナルド社長だった藤田田氏、オリックス社長だった宮内義彦氏、ファーストリテイリング(ユニクロ)会長兼社長の柳井正氏ら錚々たる顔ぶれが社外取締役として名を連ねていた。

筆者は、優れた現役の経営者、特に創業経験があり、酸いも甘いも分かったような経営者が社外取締役に就くことが極めて重要だと感じている。社外取締役に求められることの一つは経営の執行を監視することだが、中でも重視されることは経営者の暴走を食い止めることだと思う。

そうしたことは、経験豊富な腹の座った経営者にしかできないだろう。永守氏のような経営者が減ったことは事実だが、そうした現役の経営者が社外取締役に就き、その企業の経営者と真剣勝負で対峙することで、経営に緊張感が生まれる。

その緊張感の中で双方が新たな気づきを得るはずだ。おそらく、永守氏は、天才投資家である孫氏の目利き力の凄さなどを学んでいるはずであり、逆に孫氏も永守氏が重視する事業を育てる視点の重要性を感じたはずだ。

コーポレートガバナンス改革のために、日本では社外取締役の導入が進む。これを否定するつもりは毛頭ないが、足りないのは、現役バリバリで実績十分な優れた経営者がその任に就いているケースが少ない点だ。官僚の天下りや、今はやりの観点から女性や外国人であれば体裁が整うと思っている経営者が少なくないことも影響しているだろう。

コーポレートガバナンス改革のために、日本では社外取締役の導入が進む。これを否定するつもりは毛頭ないが、足りないのは、現役バリバリで実績十分な優れた経営者がその任に就いているケースが少ない点だ。官僚の天下りや、今はやりの観点から女性や外国人であれば体裁が整うと思っている経営者が少なくないことも影響しているだろう。