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2023.06.27
「サステナビリティと社外取締役」気候変動問題にどう取り組むか?
JSEEDSセミナー報告 世界中から自然災害のニュースがひっ...続きを読む
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今年の夏は日本のみならず世界中で異常気象が続き、「危険な暑さ」「地球沸騰化」という言葉が並ぶほど、記録的な熱波が各地を襲いました。それに伴い、作物の減収や水不足の問題が深刻化。また、熱中症患者も増加し、健康へのリスクも高まりました。今後ますます持続可能な環境保護と気候変動対策が重要となり、国際的な協力が求められています。
社外取締役として現状のESGをどのように理解し、取り組むべきか。これらの課題を受けて、前回のセミナーでもご登壇いただいた山田和人さんをお迎えし、「気候変動と自然資源の相互関係 日本企業のとるべき戦略は?」というテーマでセミナーを実施しました。今回はその内容の一部をご紹介します。
<登壇者> KPMG FAS エグゼクティブディレクター 山田和人氏
IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)設立翌年の1989年より、大手コンサルティング会社において、地球温暖化を中心とする地球環境問題の業務に着手し、アジア太平洋地域を中心とする気候変動・地球温暖化対策に関するコンサルティング業務に従事。専門は地球温暖化・気候変動の緩和策、および水質、土壌等をはじめとする環境問題全般。日本以外では、中国、東南アジア諸国、南太平洋島諸国を対象とした気候変動分野の業務経験が豊富。
社外取締役として、企業の社会的責任、環境への影響、ガバナンスの向上、ESG(環境、社会、ガバナンス)指標などは投資家や消費者も年々敏感になっています。国際的な規制や枠組みはどのような状況なのでしょうか。国際動向について山田さんに教えていただきました。
山田さん:2019年の「世界経済フォーラム」でサステナビリティに関して重要な提言が公表されました。
「気候変動がビジネスにリスクと機会をもたらすことは明確であり、これらに対処する戦略的アプローチの実証を投資家や規制当局から求められる」ということと、
「リスクと機会への適切な対処は、企業を長期的に管理・監督する取締役会の重要な義務のひとつである」
です。
そして今年9月にOECD・G20がガバナンスコードを改訂され、新たに「サステナビリティとレジリエンス」に関する章が追加されたのですが、ここで注目したのは、C-1とC-2です(以下参照)。企業はゴールやターゲットを決めてロビー活動をしますが、「ちゃんと活動をしなさいよ」「言うだけじゃなくて、やらなきゃダメよ」と明確に示したわけです。
第6章「サステナビリティとレジリエンス」(一部を抜粋)コーポレート・ガバナンス枠組は、企業のサステナビリティとレジリエンスに貢献するような方法で、企業と投資家の意思決定、リスク管理のためのインセンティブを提供する必要がある。
第6章C:コーポレート・ガバナンス枠組は、取締役会が、ガバナンスの実践、開示、戦略、リスク管理、および気候関連の物理的・移行リスクを含む内部統制システムに関するレビュー、監視、指導などの主要な機能を果たす際に、重要なサステナビリティのリスクと機会を適切に考慮するよう、確保する必要がある。
第6章C-1:取締役会は、企業のロビー活動が、自社のサステナビリティに関するゴールやターゲットと一貫性のあるものにする必要がある。
第6章C-2:取締役会は、企業の資本構造が、自社の戦略的ゴールおよびそれに関するリスク選好度と適合しているかを評価し、異なるシナリオ下におけるレジリエンスを確保する必要がある。
気候変動問題に関しては多くの国が温室効果ガス削減目標を強化し、再生可能エネルギーへの移行を推進しています。また、気候関連金融リスクの評価が重要視され、金融業界も対応を強化しています。持続可能な未来を実現するための行動が喫緊の課題となっているなか、ボランタリー・カーボンクレジット VCC(CO2排出削減量を売買する仕組み)の最新動向について教えていただきました。
山田さん:自社の目標達成のためにVCCを購入することは、環境に配慮しているように見せかける「グリーン・ウォッシング」とみなされる可能性があります。VCCの発行や取引には多くのエネルギーが必要であり、環境に対する負荷を軽減するためには、より環境に配慮した方法を模索することが重要です。例えば、今年の目標をVCC100万トン削減と掲げるも、50万トンしか減らせなかったので、50万トンを購入しました、というのはグリーン・ウォッシングと見なされる可能性が高くなり、すでに欧州では批判を受けています。カーボンクレジットを目標達成に使用しない、という内容の報道も今朝の新聞で見かけました。
VCCを統合管理する独立ガバナンス機関「ICVCM(Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)」は今年、VCCの供給側の信頼性を確保することが目的で新たな指標を公表しました。加えて、カーボンオフセット・クレジット(VCM)の市場を監視するグローバル組織「VCMI(Voluntary Carbon Market Integrity Initiative)」は企業によるカーボン・クレジットの活用促進に向けての新たなルールブックを発表しました。さらに国際エネルギー機関「IEA(International Energy Agency)」は2023年9月にNet Zero Roadmapを改訂しました。まもなく「COP28」がはじまり、2035年の目標を協議します。現在日本は2030年までに温室効果ガスの排出削減目標を46%と定めていますが、2035年はどうするのか、大変注目です。
Net Zero Roadmapの改訂について、「2050年NET ZERO達成」のために、2030年に向けて再エネを3倍増、モーターやエアコン等のエネルギー効率を2倍増、EVやヒートポンプの普及促進、油田・ガス田からのメタンの排出抑制等が必要であることと、送配電網等のインフラ整備の拡大、炭素回収・利用・貯蓄の実施や水素関連燃料、バイオ燃料の利用促進も重要であり、1.5℃への移行を行うためには、「国際協力」が不可欠です。先進国は2045年までに、中国は2050年までにNET ZEROを達成、新興国・途上国は2050年以降にとメッセージを出しています。
気候変動と自然資源は相互に影響し合っています。気温上昇や極端な気象が農業や水資源に悪影響を及ぼし、生態系にも負荷をかけています。同時に、森林や海洋が二酸化炭素を吸収し、気候変動の緩和に寄与しています。気候変動への適応策や自然資源の持続可能な管理が強調され、生態系の保護が重要視されています。持続可能なバランスを取ることが緊急課題となっています。
山田さん:自然資源という表現は人間目線です。自然資源と聞いてまず思い浮かぶのは「森林」ですが、森林は燃やすとCO2を排出します。一方でCO2を吸収・固定する機能もあります。水の蒸発散により地域の気象と密接に関係し、水源を涵養し動植物に生息地を提供することで地域の「生物多様性」をコントロールします。一方、企業の目線から見ると、建築用木材や製紙用チップ、薪炭材という資源としてとても重要であり、文明の発展と森林破壊は強い相互関係があります。
現在地球上でまとまった熱帯雨林が残っているのはアマゾン、中央アフリカのコンゴ周辺。インドネシアのカリマンタンあたりだけです。タイは60年前、国土の6割が森林でしたが一時期27%ほどまで落ちてしまいました。ですが現在は約30%まで回復させました。このように「REDD +(森林保全のために開発された国際的な取り組み。森林も破壊を防ぎ、森林によるCO2の吸収を促進することで気候変動対策に貢献すること)」対策が進んでいます。
極端な気象や降水パターンの変化により、水不足や洪水リスクが増加し、飲料水供給や農業に深刻な影響を及ぼす可能性が高まっています。持続可能な水資源管理、水資源の浪費削減、水の浄化技術の改善などが急務で、国際的な協力が必要です。
山田さん:「水資源」とは、人類が利用可能な「淡水」であり、地域の人口と降水量に依存し、干ばつと洪水などの物理的気候変動は、地域の降水量と降水時期を大きく変化させる可能性があります。水資源は、人類の生存に不可欠な飲料水としてのみならず、生活用水、農業・工業用水(発電の冷却水含む)として利用されます。ということは、水が乏しいところでは水争いが起こるほど、人間の生存を左右する重要な資源です。日本の年間平均降水量は約1300mmで水ストレスの低い国に位置付けられています。年平均300mmにも満たない国=水ストレスが高い国もあります。
「地球温暖化の制御と生物多少性の保護は相互依存し、持続可能性で公平な人間複利に欠かせない」と「IPCC-IPBES(気候変動と生物多様性の評価を行う国際的な組織)」では提言されています。
IPCC-IPBES合同ワークショップ報告書(2021)には以下のような説明があります。
・エネルギー消費と自然資源利用の増大、土地・淡水・海洋の利用が、多くの人々の生活水準向上を支えてきた反面、気候変動と生物多様性減少を加速し、生活の質を損なっている。
・気候変動を制御できなければ、ほぼすべての社会・生態系は劣化する。
・気候、生物多様性の維持とすべての人の生活の質の向上への同時対応が、新しい保全のパラダイムに求められる。
とあります。
では、気候変動のみに焦点を絞った対策だけで良いのでしょうか? 飢えている人がたくさんいるにも関わらず、広大な土地を使って、先進国の人たちのためのエネルギーをつくる、バイオマスエネルギーの素をつくる、こういうのはおかしいでしょ? とも言っています。この気候変動と生物多様性については3年前から本格的に始まっています。
注目していただきたいのは、上の図、右側の赤い矢印(トレードオフ・リスク)で、13気候変動、14水域動物、15(陸域動植物)を考えないで進めるとリスクになる可能性が高いと示しています。こういう見当は非常に重要で、政策担当者が脱炭素一辺倒にならないためにも注目すべきポイントです。
環境への影響を評価し、投資とビジネスの意思決定に生態系への配慮を組み込むことを促進する、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)とはどのようなものなのでしょうか。
山田さん:TNFDとは、企業や金融機関に対し、自然資本および生物多様性の観点からの事業機会とリスクの情報開示を求める、国際的なイニシアティブ。企業の持続可能性報告の世界的なベースラインと一致すること、昆明・モントリオール地球規模生物多様性枠組みにおける世界的な政策目標と整合することを目的として設計されています。以下の4つの柱に注目して、自社の取り組み方について再考してみてください。
Locate:自然との接点や優先地域を特定する
Evaluate:自然への依存や影響を評価する
Assess:自然関連のリスクと機会を評価する
Prepare:重要な自然関連の課題への対応準備、報告を行う
TNFDの各種ガイダンスは多数あります。今回は「Discussion paper on proposed sector disclosure metrics」から「対象となる主な業種」を抜粋します。2023年9月時点のDiscussion paperに挙げられたセクターは以下のとおりです。
・消費財=アパレル・テキスタイル
・採掘・鉱物加工=建設資材・石油・ガス
・食品・飲料=食品(水産養殖を除く)・飲料小売、レストラン、食品(水産養殖)
・インフラ=電機事業・発電事業、不動産
・再生可能資源と代替エネルギー=林業、パルプ・紙製品:森林管理
「気候」と「自然資源」は、重要な課題であり、その性質と影響範囲には違いがあります。気候変動問題は国際的に意思決定がとりやすいですが、自然資源の課題は場所に依存し、対策の難しさがあります。企業にとって、特に自然資源に対処する際には、多くの課題と複雑な状況が生じる可能性があります。
山田さん:TCFDおよびTNFDの対象となるテーマ、つまり「気候」と「自然資源」は、同じ広がりと奥行を持つ、人類にとっての重要課題です。「気候変動の緩和」と「自然資源」の課題としての性質の違いは、場所に依存するか否か。例えば、気候変動の“緩和”について、CO2の削減対策の効果は、世界中どこでも同じです。一方、自然資源については、企業の関わる自然資源が存在する対象地域を特定するところから始まり、対策とその効果も場所によって異なります。加えて、国際的に規定される温室効果ガスは7種類ですが、自然資源は、森林、水、生物等、非常に多様なので対象の特定が難しく、時間もかかり、身近なデータがないというハードルがあります。
自然資源では、特定された課題への対策の実施が難しい場合があります。例えば日本企業の場合、他国の自然資源に多くを依存しているため、そこに直接的に資金や技術を投入して解決できるとは限りません。
企業にとってサステナビリティをより深く、真摯に向き合うにはどのように進めるべきなのでしょうか。社外取締役として今後、もっとも取り組む課題について教えていただきました。
山田さん:企業にとって最も重要なことは、自社のビジネスを発展させ、そのための人材を育成すること。TCFDを「開示オンリー」だけで行動が伴っていないと金融機関から指摘され、マイナス評価になった企業はかなりあります。
現在ISSBではサステナビリティと気候についての開示規定のみが公表されていますが、自然資源が今後どのように組み込まれのかを継続的に見ていくことが重要です。最も信頼性が高いとされる日本の金融監督当局が発信する情報をウォッチしてみてください。
今後1~2年程度で自社での取組を始める場合は、まずは、これまでに自社で行なったTCFD 気候変動と生物多様性・自然資源は密接に関係しているので、TCFD対応のシナリオ分析をすれば応用できると思っています。コンサルタント業務に携わってきたわたしが言うのもなんですが、コンサルタントに丸投げせず、自社の人材を活用・育成することが「急がば回れ」の良策と考えています。TNFDとか自然資源って難しいな、と思われると思いますが、ハイその通りです。自社の発展のためにどうするか、という前向きなスタンスでスタートしていただければと思っています。
Q1:日本は「水ストレスが低い」とありましたが、この「ストレス」とはなんでしょうか?
山田さん:さまざまな機関から「水ストレス」を算定する、いろいろな式がありますが、まさに水の量と質、さらに水を利用する側のポテンシャルから分析されています。そんなに難しい数式ではないのですが、かなりマクロなデータが開示されています。国土交通省が出しているに水資源の資料を参考になされるといいと思います。
「令和4年版 日本の水資源の現況」 国土交通省水管理・国土保全局 水資源部HPより
Q2:イギリスでは地域レベルで気候変動問題に活発だそうですが、どのような取り組みがあるのでしょうか、ぜひ真似したいです。
山田さん:洪水や干ばつなどの物理的なリスクに対し、イギリスでは地域レベルで適応作が考えられています。政府や自治体、企業、市民などいろいろなステークホルダー向けに提供しています。国立環境研究所が運営する「気候変動適応情報プラットフォーム」に具体的な情報が掲載されていますので、ぜひ参考になさってみてください。